| 香港就職体験記@ 「職は香港にあり」の由来か「食は広州にあり」であることが意識されるほど、香港で就職を希望する人が増えてきている。しかも、女性のほうが多いという。私の場合、香港に来た理由が、夫の転勤に付き添ってきたということで若干異なる面もあるが、実際に就職活動から退職までを経験したひとりとして、以下体験記として書いてみた。あくまでも、個人の一例として読んでいただければ幸いである。 香港に来るまで、私は東京の都立高校で数学の教員を5年勤めた。教員の間では「教師をするとツブシがきかない」など自虐的な言葉がよく使われる。そういいながらも、退職して、他の仕事に転職する人はまずいない。よって、実際にこの言葉を実感した私は、希少価値として認めてもらえるかもしれない。 私が来港した94年当初は、マスコミが香港で職を求める女性を取り上げ始めた頃だったと思う。そして、その中で必ずといっていいほどに登場してくる大手人材派遣会社Pに、私も足を運んでみた。この会社は、日本でも「就職セミナー」と称して香港ツアーを組むなど、かなりその世界では名をつらねている。しかし、後々になって、ここに登録したいろいろな人に話をきくと、あまり評判はよろしくないようだが・・・。 まず、電話で希望の職種・希望の給料・勤務時間などを伝えてから、指定日時に訪問する。当日は、簡単な英語の筆記テストを30分ぐらい受けてから、面談となった。ここで、ツブシがきかないということを、ボロクソに言われたのである。オフィス勤務経験がないから、いい仕事は見つからないことを承知してほしいとまで明言されてしまった。(こんな派遣会社あっていいのか!)確かに、企業で働いたことがないのは事実であるが、5年間の勤務を全く無駄であったかのごとく、赤の他人に断言されてしまうのは、ショックである。初対面の人にここまで屈辱を感じたことは、今までにはなかった。(今、就職氷河期ということで苦戦している人の気持ちがよくわかる)さらに、「駐在員夫人は扱いに困る」から企業に敬遠されるともいわれた。Pで斡旋する企業のほとんどは日系企業であり、そこでは駐在員夫人は、夫の健康管理が一番の仕事であると考えられているからである。異国で働く旦那さまが仕事に全精力を傾けられるよう、家庭を守るのが使命なのである。よって、駐在員夫人を雇えば、大きな仕事は任せられないし、それこそ残業なんてさせたら大変だから、気を使うのだそうだ。そして、夫が金融関係なので、金融には斡旋できないという。ここの登録の80%が金融だというのに。「残りわずかのメーカーさんになりますね。また、ご希望の旅行社は、希望者が殺到しているので経験者でないと絶対無理です。」と冷たくあしらわれ、寒々とした気分でその場をあとにした。 1週間ほど後、このPより連絡が入った。九龍湾のあるメーカーが採用を希望しているとのこと。まずは絶望としていたところなので、とりあえず面接へ行ってみた。1年前には、自分の担任の生徒に対して就職模擬面接の面接官をしていたというのに、小さなオフィスで出迎えた「おじさん」の開口一番は「やっぱり日本の女の人が一番だよ。香港の人はお茶も入れてくれないしね。先生をしていたということは、気配りができるということだろうからネ」であった。そして、クドクドと香港人の悪口を話し、日本人の良い面ばかりを一方的に聞かされて、面接は終了した。このオッサン、なんのために香港に来ているのかなと不思議である。そのくせ、もしOKならば、Pを通さずに直接連絡してほしい、紹介手数料を払うのは惜しいからと、一部ではちゃっかり香港式なのである。 やはりPの紹介してくれるところはこんなところなのだ。ある程度自信を失いかけていたので、ここらで妥協しようと思っていたのだが、家では大反対された。「もっと自分のキャリアに自信を持ちなさい。せっかく仕事をするのに妥協は良くない。他にも探せば、いいところがあるはずだよ。」と励まされたのである。 そこで、少し戦略を転換した。日系の企業に頼るから、選択の幅が狭まるのである。ここは、思い切って香港系や外資系に挑戦してみようと。しかし、言葉にするとカッコイイのだが、私もそんなに語学力があるわけでないし、広東語もほとんどしゃべれない。果たして、採用してくれるところがあるのだろうか。 まずは、新聞の求人欄や、就職情報誌に目を通すことからはじまった。ここ香港では、大卒の人でも、このようにして就職先を探すという。夢は大きくということで、旅行会社にしぼって探す。(旅行社にしたのは、よくあるパターンだが、旅行が好きなので。)2週間ほどして、現在の私に一番近いものを発見した。文面を原文で紹介しよう。 TOUR OPERATOR -Form 5 or above 高卒以上の学歴 -Fluent spoken and written English or Japanese 英語か日本語を流暢に話して書くことができる者 -At least I year relevant experience 最低1年以上の適切な職務経験がある者 私は流暢な日本語が話せるし書くこともできるではないか!と、冗談みたいな理由でまずは英文でRESUME(履歴書)を作って郵送してみた。最低1年の経験があるが、ここまでに至っては私も相当神経が図太くなってきていたので、気にしなかった。 そろそろ届いたはずなのに連絡がないなぁと、再び弱気になってきたころに電話の連絡が入った。とりあえず、面接をするから来いとのことである。今回は、日本人が相手ではないから、私もある程度の覚悟をして出向く。迎えてくれたのは、日本語の堪能な男性だった(後に私の上司である)。会社の方でも、まさか日本人が応募してくるとは考えていなかったから、いくらか戸惑っているとのことだった。採用されるとすれば、日本人の法人が顧客となる日本部だと説明されると、私はそれならば、なおのこと日本の情報に熟知している日本人(すなわち私)を採用すれば、絶対に有益であると意気込み、経験がなくてもやっていける自信はあると言い切った。せっかく面接までこぎつけて、見逃してしまっては、やりきれないし、もう後はないと思うと人間なんでも言えるものである。 この会社、実は中国の政府系の旅行社である。外国人を採用した前例がなかったため、私は面接でもVIP扱いされ、2度目の面接の際は、なんと副社長まで出てきた。もちろん言葉は北京語で、通訳として前述の日本部の部長がつきそってくれたのだが。契約として労働に関する規則(労働時間・休暇・報酬・産休等)の説明を受け、サインをして事務手続きは簡単に終了。とりあえず、3ヶ月の試用期間で様子を見て、その後正式採用が決まる。 (これは、私に対する特別措置ではなく、全員に試用期間がある)いろいろな事務手続きが必要最低限で、しかも柔軟に対応してくれるのがうれしかった。香港で就職をし、しかも中国政府系というなんて、なかなかこういうチャンスはないであろう。今後の展開がおもしろそうであり、今までのそれなりの苦労も報われるものである。実は、おもしろいどころか、香港人と中国人の間で、もまれて大変な思いをするのであるが、その話は次回に期待(?)していただくことにしましょう。 |
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| ※ 左から2番目が私です 日本部の部長(中央男性)の誕生日で日本部全員で写した写真です。 |
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