| 香港就職体験記B からだを張った「接待」 日本では、就業時間の早目にデスクについて、いつでも業務ができるような状態になっているのが普通であるが、ここ香港では違う。私の勤めた会社の朝は9時からだったが、「9時に机に座っていれば良い」状態だった。ラッシュアワーの波をかきわけ、ギリギリにかけ込んできてタイムカードを押す小姐が、なんと多いことか!彼女たちのほとんどは、片手に朝食と飲み物を持ちながら、通勤してくる。そして、机についてまずは朝食を食べるのである。なぜ、家で朝食を食べてこないのかと聞いたら、ゆっくりと食事がしたいからという返事であった。つまり、バスや電車の時間を気にしてパクついてくるより、会社の机で落ちついて食べたいということである。この会社だけ特有なのかとおもっていたが、地下鉄の尖沙咀の駅から歩いて会社に向かう途中の道すがら観察していると、朝食を買い込みビニル袋片手に出勤するOLが多いのに気が付いた。もちろん、粥類や麺類のお店だけでなくパン屋も繁盛している。他に、インスタントのカップ麺を買いこんでおき、朝お湯を入れてハフハフしている小姐もいた。日本の感覚でいうと、カップ麺を公衆の面前で食べるのは勇気がいるのだが、意外にも年輩の方でも平気で食べている。そして、食べ終ると制服に着替えるという調子だから、室内がオフィスらしい雰囲気になるのは10時以降である。もちろん、食べている間に電話やファックスが入ってきたらその処理に追われるので、気が付くと制服に着替えるのが11時になることもある。カウンターなどに座っている小姐は、さすがに9時前には時前には「食べ終わり着替え終わり」しているのだが、内勤の人に関しては以上のことは許される。許されるというより「やるべきことを、きちんとやってさえいれば細かいことは構わない」という表現がふさわしい。だから、就業時も同じく、その日に終わらせるべきことがなされていれば5時の時刻になるとともにあっと言う間に走り去っていく。「つきあい残業」なんて、概念はここでは皆無だ。そして、アフターファイブのつきあいもほとんどない。これは旅行社ということで女性が多かったからかもしれないが、仕事後に「飲みに行く」ことは一回もなかった。みんなで行くとするならば、昼の飲茶ぐらいだった。このドライとでもいえるほどの合理的な彼らの姿勢は、まだコミュニケーションがうまくとれない私にとっては、よけいな神経を使う必要がないので、ありがたいものだった。 私のまず与えられた仕事は、資料と情報の整理であった。それまでの旅行業務の経験がないので、まずは整理をしながら、周囲の業務を少しずつ手伝いつつ覚えていくように指示された。と言う事で、初めはワープロ打ちであった。日本人がいなかったので整理すべきものは山積みされていて、それをワープロで打ちながら、チケットやホテルの予約の方法から団体旅行の手配の方法、中国の旅行事情などを勉強していった。電話に出ると「あれ、日本人が新しく入ったの?」となり、香港人ならいやがる細かい手配などが入ってくるので、会社の業務内容を早く習得せねばならなかった。とはいえ、仕事と同時に、社内の人間関係などを楽しみながら観察していた。 会社全体の社員は、分社も含めると100人を超える。体験記@でも記したとおり、この会社は中国政府系の中国全土にまたがるグループ会社のひとつなので、大陸から移民してきた人が比較的多い。しかも、部長クラス以上の幹部は、全員大陸から派遣されてきた「香港駐在員」である。駐在期間は2〜3年なのだが、香港の中国返還に伴い「駐在」ではなくなり、本土に戻る必要が無くなってくるだろうとのことであった。大陸から香港に派遣されることがどれほど名誉なことかは、誇らしげに語ってくれたその表情から読みとれた。 働き始めて2ヵ月後に「香港旅遊博」がコンベンションセンターで開かれた。年一回催されるもので、それまでの開催地は北京だったのだが、この年1994年から返還を意識されて香港で行われることとなった。フロアは上階が中国各省からの旅行社のブース、下の階が世界各国のブースであり、香港の旅行社のブースは下の階で配置されている。はじめての香港での開催ともあって、各社ともメンツにかけての気合の入れ込みようであう。(わが社のブースや記念品も確かに気合は感じられるのだが、正直言っていまいちセンスが古く、あか抜けないものダッタ)それはさておき、自分たちのブースを用意をする以上に、中国各省からの出展のために香港に来た旅行社の人たちの接待フィーバーが大変であった。 中国人の接待感覚は、うわさでは耳にしていたものの本当にすさまじいものである。しかも、一社だけでなく、あの広大な中国全土からの旅行社を入れ替わり立ち替わりもてなすのである。想像するだけでものすごい数になることが、おわかりいただけるであろう。しかも、日本部部長はその各社の日本部のものを接待し、国際部は国際部の方たちというように、朝から夜まで、一日中もてなすのだから、旅遊博の前後い1週間の幹部職員は通常の業務が全く手に付かないのである。大陸からの名誉ある幹部は、その誰もがうらやましがるポストを顕示するがごとく、毎日毎日「乾杯」の嵐である。そして、とうとう国際部の施先生は、接待のしすぎと過労が重なり自宅で倒れて救急車で運ばれ、2ヵ月ほど入院してしまった。倒れるくらいなら、飲むなよ!とでも言いたいくらいだが、中国人の礼節が許さないらしい。そして、95年の第2回目の香港の旅遊博でも、前回に味をしめた連中がやはりやってきて、再び「乾杯」の声に酔うのは予想通りの展開であった。 最後に彼らの名誉のためにも、日頃の様子を付記しておこう。さすがに、選ばれてきただけあってのエリートである。柔軟な対応をし、語学力に長け、身のこなし方がスマートでほれぼれする。そして、女性に対しては常にジェントルマンなのである(これは香港の風潮)。高等教育を受けた中国人のエリートはときどき見かけるエバッた日本人なんか比較にならないほど、ずっとかっこいいノダ! 次回は、部長以下の大陸から移民してきた一般スタッフについて記していこうと思う。 |
はみだしコメント |
| 続編へススム |